第4章 p53によるアポトーシス制御のメカニズム
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キーポイント
転写依存的経路を介したアポトーシスの誘導に関わる標的遺伝子は、以下のように分類できる
p53の活性の制御に関わるもの
ミトコンドリアを介した経路はp53依存性のアポトーシスにおいて、必須な経路である
転写非依存的経路を介したアポトーシス誘導においては、p53のミトコンドリアへの局在とミトコンドリアでの働きがかかわっている
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1. p53はアポトーシスを誘導することによりがん抑制的機能を発揮する
p53が発見されてから、すでに25年あまりが経過するが、既存のp53に関する概念を覆すような発見は未だに跡を絶たない https://gyazo.com/2d6c89056a1526c1bf1ba01f176d045a
人のがんで見つかる変異の90%はDNAへの結合に必須な6つのアミノ酸残基に起きていることが知られている このことから、p53の最大の機能は、転写因子としての機能であると考えることができ、これまでのp53研究の中心は、転写因子としてのp53の機能に関するものだった しかし、近年、転写に依存しないp53の機能も報告され、その重要性も見直されてきている
現在に至るまでのp53を欠損した細胞やマウスの研究を通じて、いかにしてp53遺伝子が、がん抑制機能を発揮しているかが明らかにされてきた p53を欠損した細胞では、DNA損傷などのストレスを受けた際に、通常ならば起こるはずの細胞周期の停止やアポトーシス誘導が起こらない 損傷を受けた細胞が効率よく除去されないことはがんの発生につながる
また、一般に正常細胞に比べてがん細胞は放射線治療や化学療法に対して感受性を示すが、p53遺伝子に変異をもったがん細胞は、p53が野生型のがん細胞に比べて、こうした治療に抵抗性になってしまっている これもまたp53遺伝子に変異をもったがん細胞においては、p53によるアポトーシス誘導が置きないためだと考えることができる
さらに、細胞のがん化は、細胞の無限増殖能と大きくかかわるが、人の正常細胞がトランスフォームし、無限増殖能を獲得するためにもp53経路の不活性化が必須であることが示されている 2. 転写依存的経路を介したアポトーシスの誘導
このように、p53はアポトーシス誘導、細胞周期停止、トランスフォーム抑制など様々ながん抑制的な機能を発揮する
それぞれの機能に関わるp53の標的遺伝子が知られている
DNA損傷を受けた細胞がアポトーシスに向かうか、細胞周期停止に向かうかの選択時には、p21Cip1/WAF1とアポトーシス誘導にかかわるp53標的遺伝子発現のバランスが重要であると言われている
p21Cip1/WAF1が転写誘導されないような細胞では、DNA損傷に伴った細胞周期の停止が起こらず、細胞はダメージから回復する時間を与えられずに、アポトーシスへと向かってしまう
このように、細胞周期停止にかかわるp21Cip1/WAF1も、間接的にはp53によるアポトーシス誘導にかかわると考えることもできるが、本章ではアポトーシス誘導に直接かかわる標的遺伝子は、大きく分けて4つに分けることができる
①p53の活性の制御にかかわるもの
③細胞膜表面に存在するレセプターを介した、ミトコンドリアを介さないアポトーシスの経路にかかわるもの 2-1. p53活性制御にかかわる標的遺伝子
これらの翻訳後修飾により、p53の構造が変化し、活性が調節されている
修飾によるp53制御の代表的な例としては、15番目と20番目のセリンのリン酸化修飾が知られている この修飾により、p53は自身の標的遺伝子でもあるMDM2との結合が阻害される 通常、p53はMDM2との結合によりユビキチン化され、プロテアソームによる分解を受けるため、細胞内では非常に低いレベルで存在している しかしながら、DNA損傷などにより、MDM2との結合部位に含まれるセリンの15, 20番目がリン酸化されるとMDM2との結合が阻害され、安定化することが知られている アポトーシス誘導にかかわる修飾の例としては、46番目のセリンのリン酸化が知られている
46番目のセリンのリン酸化は、細胞周期停止にかかわるp21Cip1/WAF1の標的遺伝子であるp53AIP1の転写誘導に必須 このことより、46番目のセリンのリン酸化は、p53がアポトーシス関連遺伝子を転写誘導する際に必要とされていると考えられている
X線照射時の46番目のセリンのリン酸化には、p53標的遺伝子産物であるp53DINP1がキナーゼのコファクターとして必要とされることが知られている https://gyazo.com/c4497c595899db95e0110c72cccfb31d
そしてこの2つのがん抑制遺伝子産物であるPTENとp53は、相互に制御しあうことが知られている
p53がPTEN遺伝子の転写を制御する一方で、PTENはp53と直接結合することによって、さらにはMDM2のリン酸化を制御するAktキナーゼを抑制することによりMDM2のリン酸化状態を調節することによって、p53タンパク質量の制御を行っていると考えられる また、PTENは、不死化したマウス線維芽細胞におけるp53依存性のアポトーシスに必要とされることも知られている 2-2. 活性酸素ストレス応答を介したアポトーシス経路にかかわる標的遺伝子
細胞内に活性酸素が発生することにより、細胞内のタンパク質や核酸がダメージを受け、その結果としてアポトーシスが誘導されることが知られている p53は、活性酸素を介したアポトーシスの経路を正にも負にも調節する標的遺伝子を転写誘導することが知られている
Sestrinファミリーは、この酸化型ペルオキシレドキシンを還元型に戻して再生する酵素ではないかと考えられている
PA26とHi95を細胞に過剰発現すると、過酸化水素によって誘導されるアポトーシスが抑制され、逆にRNAi法を用いてこれらの遺伝子をノックダウンするとアポトーシスが亢進することが報告されている このように、p53は細胞内で生じてしまった活性酸素によるダメージから細胞を守る役割を果たしていることが明らかになった
一方、大腸がんの細胞にp53を発現するアデノウイルスを感染させ、p53依存的に誘導される遺伝子のスクリーニングが行われた結果、いくつもの活性酸素の生成にかかわる遺伝子が同定された 2-3. 細胞膜表面に存在するレセプターを介したミトコンドリアを介さないアポトーシスの経路にかかわる標的遺伝子
以上のことにより、p53依存性のアポトーシスには、デスレセプターを介した経路は必須ではないと考えられる
p53によるデスレセプターの発現誘導は、DNA損傷などを受けた細胞が、T細胞などが分泌するFASLなどのリガンドに効率よく反応して、死にやすくなるという形で、個体レベルでのがんの抑制に働いているのだろう 2-4. ミトコンドリアを介したアポトーシスの経路にかかわる標的遺伝子
Bcl-2ファミリーは、BHドメイン(Bcl-2ホモロジー)と呼ばれる相同性のあるドメインをもっており、アポトーシスの抑制に働くものと促進に働くものに分けられる BaxやBakはアポトーシスの促進に働き、BH3-onlyタンパク質の下流で働いている Bcl-2やBcl-xLなどのアポトーシス抑制に働くメンバーは、BH3-onlyタンパク質、Bax/Bakと結合して、これらの因子がアポトーシスを誘導するのを抑制する https://gyazo.com/d5ffc388f58d76be83e752546f69f182
p53依存的なアポトーシスは、Bcl-2の過剰発現やBax/Bakの両者の欠損、BH3-onlyタンパク質であるPumaの欠損で抑制される これらのことより、このミトコンドリアを介した経路が、p53依存性のアポトーシスに必須であることが明らかになった
いくつものBcl-2ファミリー遺伝子がp53の標的遺伝子として知られているが、一番初めに標的遺伝子として報告されたのが、Bax遺伝子 Bax遺伝子だけを欠損させた場合には、p53依存的なアポトーシスは正常に起こるが、ファミリーの中でも特に相同性が高いBax遺伝子を同時に欠損させると、p53依存的、および非依存的なアポトーシスが抑制されることが報告されている
細胞に過剰発現することにより、アポトーシスが誘導されることが知られている
また、マウス胎仔線維芽細胞にE1Aを導入しトランスフォームした細胞にDNA損傷を与えた時に起こるp53依存的なアポトーシスは、NoxaのsiRNAを細胞に導入することによりNoxaの発現を抑えると抑制されることが報告されている 過剰発現によりBax/Bak依存的にアポトーシスを引き起こすことが報告されている
しかしながら、p53欠損に比べてアポトーシスの抑制は完全ではなく、ほかのBH3-onlyタンパク質が働いている可能性が考えられた
3. 転写非依存的経路を介したアポトーシス誘導
p53は転写因子であり、転写を介してその機能を多くを発揮する
しかしながら、近年、p53の転写非依存的な経路を介したアポトーシス誘導のメカニズムの解明も進んでいる
p53依存性のアポトーシスが誘導されている細胞のミトコンドリアを精製してくると、p53タンパク質が局在しているという発見から、転写に依存しない
p53が直接ミトコンドリアに働きかける経路があるのではないかと考えられるようになった
p53のミトコンドリアへの局在は、p53によって細胞周期停止が引き起こされている細胞では認められないが、アポトーシスが誘導される細胞においては検出される
またp53依存性のアポトーシスが誘導されている細胞のミトコンドリアをトリプシン処理すると、Bcl-xLと同様の分解のパターンを示し、p53はミトコンドリアの外膜に存在していることも示された
さらに、ミトコンドリア局在シグナルを融合させたp53は、核にはほとんど存在せず、ミトコンドリアに主として局在する
このミトコンドリア局在型のp53は核に存在しないので、細胞に発現させても、p53標的遺伝子の転写は検出されない
それにもかかわらず、このミトコンドリア局在型p53によってアポトーシスが誘導されることが示された
精製したミトコンドリアに精製したp53タンパク質を加えると、シトクロムcが放出され、このp53によるシトクロムcの放出は、p53がアポトーシス抑制に働くBcl-2, Bcl-xLと結合することにより、間接的にBak/Baxを活性化し、引き起こされていると考えられている https://gyazo.com/608cdb80ead7b1382b3a3dd870a025a2
p53がBaxと結合すると報告しているグループもあるが、その結論は別のグループでは否定されており、まだはっきりとした結論は出ていないと言っていいだろう
ミトコンドリアへのp53の局在制御のメカニズムは、p53のN末端側ドメイン内の72番目のポリモルフィズムの研究によって明らかになった p53の72番目のアミノ酸は、ポリモルフィズムが知られており、プロリン型あるいはアルギニン型に分けられる
アルギニン型は、プロリン型に比べ、ミトコンドリアへの局在が効率よく起こることが示された
アルギニン型は、プロリン型に比べ、MDM2との結合が強くなっており、細胞質への輸送とユビキチン化が効率よく起こり、結果としてミトコンドリアへの局在とアポトーシス誘導が亢進していることが示された
これまでMDM2によるp53のユビキチン化は、p53の分解を引き起こすと考えられてきたが、この研究により、p53のユビキチン化はp53の細胞内局在の制御にも働く可能性があることが示された
現在までのところ、転写非依存経路にかかわる実験の多くがp53を細胞に過剰発現して行われている
そのため、今後、この経路の生理的条件下における重要性を調べていく必要性はあると考えられる
しかしながら、転写非依存的な経路が転写に依存した経路とかかわりがあるために、2つの経路の分離が難しい可能性がある
MDM2によるp53のミトコンドリアへの局在は、p53の転写依存的な経路により、MDM2が誘導されなければ起こらないから
今後、この2つの経路を分離できるようなp53変異体の作製と、この変異体を用いた実験が必要となってくるだろう
おわりに
本章では、主としてp53の下流でアポトーシスが誘導されるメカニズムについて述べた
p53自身の活性の制御メカニズムに関する研究も進展している
また、p53と共同して働くコファクターもp53の機能を解明するうえでは重要なポイント
転写にかかわる分子やクロマチンの制御にかかわるものなど、これまでに報告されているものもあるが、まだまだ未解明の因子も多いだろう 今後さらに研究が進み、p53という分子を通じて、細胞内に存在する複雑かつ精緻なメカニズムが解明できることを期待している